過剰な正義が、ネットの医療情報品質を低迷させる

2017年12月6日に、ウェブマスター向け公式ブログに「医療や健康に関連する検索結果の改善について」の発表がありました。

この変更は、医療や健康に関する検索結果の改善を意図したもので、例えば医療従事者や専門家、医療機関等から提供されるような、より信頼性が高く有益な情報が上位に表示されやすくなります。

この改善によって、公式サイトの検索順位が上昇し、正確性に欠ける医療情報を提供しているサイトの検索順位が下落するようになりました。
SEOの知見がある身からすれば、欠陥だらけのアルゴリズムに感じていますが、ここではその話は置いておきます。

この傾向が強くなってきたのは「肩こりの原因は幽霊がついているから」といった適当なコンテンツや、「死にたい」という検索キーワードで上位表示をさせて転職サイトに誘導させるようなコンテンツを量産していた、健康情報サイト「Welq」が社会的なニュースとして、取り上げられたのがきっかけでしょう。

正義が悪を倒した?

SEO界隈では、2015年の夏頃からWelqの話題があがっており、「大手企業が倫理的な問題を無視して、上位表示施策に注力している怪物サイトを作っている」と噂されていました。

Welqが表立って、社会的に注目されたのは、それから約1年後の2016年12月。

行き過ぎた行動に出ているWelqに対して、影響力のあるブロガーやライターの方などが、この問題を指摘したことで、TVニュースでも取り上げられるほどに大きな話題となりました。

ところが、この一件を経て、ネットメディアの情報に対する信憑性が著しく低下したのも事実。

「ネットの情報は信用できない」
「情報の受け手が、情報の取捨選択をしないといけない」

そんなメディアリテラシーが、世の中に知れ渡ったのではないでしょうか。

正義の声が大きくなり、監視の世の中に

Welq問題を経て、医療情報を取り扱う情報サイトに対する世間の目は、今までよりも厳しいものとなってきました。

厚生労働省では、医療機関ネットパトロールという、うそや大げさな表示がされているサイトがないかを監視する事業も展開し始めています。

また、信用性に欠ける医療情報サイトが見つかれば、SNSで影響力の強い人に晒し上げられ、炎上する風潮もできあがりました。

同時に、「これだからネット上の医療情報サイトは~」と叩くだけの正義の盾をふりかざす人たちも、ポケモンのように大量発生するようになりました。

たしかに、これらの指摘は正しいことで、正義なのかもしれません。
ですが、私は監視をして叩くだけで、ネット上の医療情報の品質が良くなるとは思えません。

正義を盾にした訴えは正論なので、まさに正しくて強いです。
しかし、正論を武器にする人が、正論を訴えるのみで世の中を変えることには直結しません

医療Webメディアの現場でみてきた私からすれば、過剰な正義の盾をふりかざしている人たちが、インターネット上の医療情報の品質向上を妨げる風潮を作っているように、どうしても感じてしまうのです。

医師は「情報を発信すること」が仕事ではない

たしかな医療情報を発信していくことって、難しいです。
ただの情報を誰かに伝えるのだって難しいのに、専門的な医療情報を正しく、わかりやすく伝えるのは至難の業です。

「その道の専門である医師が、情報を発信すべきだ」
「専門家じゃない人間が、医療情報を取り扱うべきではない」

なんて声をよく聞くのですが、医療Webメディアの現場の声としては、

「優秀な医師ほど世の中に情報を発信することに、時間を割く暇がない。」

という事情があります。できることなら、していますよ。

なかには協力してくれる優秀な医師の方もいますが、やはり限度があります。

医師だから信憑性の高い情報を発信しているとも限らない

医師自身がサイトを立ち上げ、医療情報を発信していることもあります。
当たり前の話ですが、これは自社サービスの宣伝・集客目的でやっているケースがほとんどです。

医師のサイトだから安心とみせかけて、その病院では対応できていない画期的な新しい手術方法に深く言及せず「新しいものだから危険」と否定だけしていることがあります。
そして、自社サービスで対応できる手術方法の優位性を伝えて誘導させていることもあるんです。

また、病院サイトに掲載されている情報が間違いであることを、他院の医師が指摘し、その指摘に対して反論が繰り返されて、喧嘩しているような病院同士だってあります。

医師であっても、正しい医療情報を世の中に提供していく為には数多くの障壁があるんです。

「医師がサイトを作れば安心」ということには、なりません。
時間とか、お金の都合とか、いろいろな大人の事情がありますよ、そりゃあね。

医師のみで、適切に情報を届けるのは難しい

医師は情報発信のプロではありません。

医師に記事を執筆してもらうと、論文のような専門用語だらけの、硬い文章を仕上げてくることがあります。

適切なターゲットに、わかりやすい情報を届けることって案外、難しいです。

わかりにくい情報コンテンツは、検索結果では評価されません。
検索結果で評価されなければ、誰の目にも触れられない情報コンテンツになります。

たしかな知識を持っている医師が発信している情報コンテンツのほとんどは理解しづらく、インターネットの海の藻屑となってしまっているのが現状です。

冒頭の発表でもGoogleは、専門家の言葉は難しく、一般人に伝わる情報を提供できていないことを、暗に示しています。

医療の専門用語よりも、一般人が日常会話で使うような平易な言葉で情報を探している場合が大半です。日本のウェブには信頼できる医療・健康に関するコンテンツが多数存在していますが、一般ユーザー向けの情報は比較的限られています。

たとえば、お腹が痛くなった時に「お腹痛い 原因」で検索して、専門用語だらけの論文がでてきたらどうでしょうか。読みませんよね。

検索ユーザーは、文字が読みたいわけではありません。
お腹が痛い原因を知りたいだけです。

「スマホで文字読むのは面倒だから、3行でまとめてほしい」

Googleは「一般人にも、わかりやすい情報コンテンツを作成してください」と言っています。

ところが、医師は情報を発信をすることが専門の仕事ではありません。
医師のみで正しく情報をリーチすることができないということは、それを代替する存在が必要になります。

その情報を発信する代替的存在が、医療情報を発信するWebメディアです。

  • 専門的な知識・経験を有している医師
  • 情報を必要としている人に、的確に情報を届けられるWebメディア

インターネット上にはびこる医療情報の品質を健全に、かつ、向上させていくには、この二つの存在は欠かせないと思っています。
両者が共に協力していかなければ、インターネット上の医療情報の品質は、いつまで経っても向上しません。

いまは少しでも信用できないメディアが医療情報を取り扱っていると、「悪」と捉えられてしまいがちです。

しかし、国や病院の公式サイトが細かな情報ニーズに対応できているかといったら、全くできていません。
もしできていたら、Googleがアルゴリズムの改善を行わなくても、国や病院の公式サイトがとっくに上位表示しています。

専門知識・経験だけで、必要な情報コンテンツは作れない

専門知識・経験のみでは、インターネット上の医療情報の品質を向上させることはできません。

さまざまな情報ニーズに対応できるようにするためには、「〇〇とは?」といった大雑把な医療情報だけでは対応できません。

調べものをしている人には、それぞれ細かな心理状態・状況背景があります。
それを理解した上での、的確な情報提供が必要不可欠です。

これは医師の専門的な知識だけでは、カバーできない領域です。
知識があるのと、知識を使って情報を的確に発信するのは全く別の話です。

そのためには、情報をリーチすることに長けているメディアの力が必要となります。

国や公式の病院サイトは、大雑把な医療情報は提供できます。
しかし、大雑把な情報だけでは、世の中の人々が知りたい情報に、的確に対応することができません。

もちろん、医師としては病気は一括りに情報をまとめられるものではなく、患者によって個人差が生じる点から細かな情報を発信しにくい点もあるでしょう。

だからこそ、医師とメディアの両者で協力していく必要があります。

「医師のみが医療分野の情報に携わるべき」といった思考はナンセンスです。

信頼性を確保する医療Webメディアの経営は火の車

いまのWebメディアは、マネタイズが厳しい実情があります。
正しい医療情報コンテンツを作るだけで、簡単にメディアのやり繰りができるほど、マネタイズ手段が豊富にありません。

スマートフォンのアプリランキングで広告ブロックアプリが上位になるほど、「広告はウザいもの」と認識されている世の中で、Webメディアの経営は苦しく、工夫が必要とされています。

そんな中で、たしかな医療情報を発信しようとすると、一つのコンテンツを作成するだけで、高額な費用が発生します。

医療Webメディアが、たしかな情報を伝える為にできることは大きく3つ。

  1. ライターが、医師に取材をして一次情報を獲得する
  2. 医師が直接、記事の執筆をする
  3. メディア側で作成した情報コンテンツを、医師が監修する

いまのインターネット上の医療情報は、間違った医療情報が2次的、3次的に再利用され、誤情報が広まっていることがあります。

そのため、医療情報を取り扱う際には、たしかな情報元から取材をしたり、直接、信頼のできる医師に情報コンテンツを作成してもらうのが、最も理想的な情報の発信方法といえるでしょう。

しかし、毎回そのようなやり方で、情報コンテンツを作成をするのは、医師側の労力と時間的な問題で長続きしません。

そこで出てくるのが、情報をリーチするのが上手い人たちが、代わりにコンテンツを作成し、医師の方に情報の品質をみてもらう「医師の監修」です。

ところが、医師の監修にも、結構な費用と制作コストがかかります。
仮に監修をしてもらって、情報の品質をなんとか確保できたとしても、今度は検索結果で上位表示しなければなりません。

医師が監修をしたコンテンツは、あとで素人が勝手に情報を変更するのはNG。
コンテンツの改善・修正は基本的に不可能です。

それが意味するのは、コンテンツを公開した時点で、検索結果で上位表示できるほどの完璧なコンテンツを、一発で作成しなければなりません。

少なくとも以下の条件はクリアしておきたいです。

  • ユーザーの知りたいトピックが漏れなく提供できる文章構成
  • 狙った検索キーワードで上位表示するためのキーワードの含有
  • 読みやすく分かりやすい文章の作成
  • 内容の理解を助けるイラストの作成 etc…

大雑把に表現しても、これだけの内容が求められます。
あらゆるスキル・経験・お金・人手が必要です。

検索結果で上位表示できる高品質のコンテンツが作れていなかった場合、適切な情報の受け手にリーチすることはできません。

高額な制作コストだけかかり、長い期間かけて制作したコンテンツは、無意味となります。
修正をして再監修するにしても、医師側にはメリットが少ない事情があったりします。

それだけ、世の中に正しく医療情報を発信しようとしたら労力とお金が必要です。

過剰な正義によって、消えていったWebメディア

医療Webメディアは、少しでも隙があれば「悪だ」「金のためだ」と言われ、叩かれる風潮ができています。
医師の監修が入っているサイトであったとしても「お金目当てのサイトだ」「なぜわざわざ、医療の分野でメディア運営するんだ?」といった考えもSNS上でみられます。

しかし、それは誠実に正しい医療情報を発信しようとしている人たちの頭を抑えつけることにも繋がっています。

医師が提供する情報であったとしても、その情報が100%正しいものであるとは限りません。
インターネット上の情報を監視しても、インターネット上の医療情報の品質が良くなるとは思えないのです。

もし監視をするだけの簡単な話だったら、とっくに今のインターネット上の医療情報は健全かつ、一般人にも理解しやすい情報サイトで溢れかえっています。

健康・医療の分野に、素人の知識で踏み込んでいったWelqが、監視によって消えていったのは、相手が大企業だったからです。

私は正義の盾をふりかざす監視と指摘が、名声の獲得・承認欲求を満たす道具になっていると感じています。

 

炎上を楽しむだけの人が増えた時に、最初に消えるメディアって、最も真面目に運営しているメディアなんです。

真面目に運営しているメディアほど、「悪い」とされることに敏感です。

現に、細心の注意を払って医療情報を取り扱い、わかりやすく情報を発信していたいくつかのメディアは、世の中の厳しい目と確かな情報を伝えることの難度の高さから、非公開化されました。

正義感によって世の中の監視意識が強くなりすぎたことで、指摘を受けずとも優良なWebメディアが活動を停止したり、非公開化していったメディアを、現場の人間として私は目の当たりにしてきました。

すべてのメディアが完全に閉鎖されたわけではないので、わざわざメディアの名前は出しません。
知っている人は知っていますし、本当に情報を必要とする人には情報が届いています。
(誠意のない対応で、非公開化を余儀なくされたメディアもありましたが)

監視は抑止力に過ぎず、医療情報の品質向上には別の力が必要

監視は抑止力にはなりますが、インターネット上の医療情報の品質を向上することには繋がりにくいです。

 

過剰な正義感が、あら探しの監視・炎上・メディア叩きの風潮を作り出し、

過剰な正義感が、せっかくの優良Webメディアの医療情報の取り扱いをやめさせる要因となっているのはないでしょうか。

 

まるで、優秀な人材ほど海外に逃げて行ってしまう今の日本を表しているかのようです。

日本人には、正直で規律を重んじる国民性があります。

しかし、それは毎回、良い方向に働くものではありません。
過剰な監視の風潮があることで、誠実な意思を持って運営しようとしているWebメディアの動きは鈍ります。

情報の品質の確保だけでなく、必要以上に炎上に対する労力を割かなければいけないためです。

長期を見据えて真面目に運営されているWebメディアほど、一度でもメディアに対する信頼性が損なわれてしまった時の損失は著しいです。
あら探しをされて炎上しないための対策をとる時間ほど、非生産的な活動はありません。

過剰な正義感の風潮を利用して、売名をしたり、利益を獲得している病院(人)も存在します。

一方で、真面目に運営されていないその他の零細・個人で運営されているサイトは、どんなに叩かれようが、文句を言おうが、消えないですよ。
お金のために、想いが込められていないサイトは、外野からなにいわれようが関係ないですからね。

誠意のないサイトを打ち落とせるのは、検索結果の表示内容を操作できるGoogleだけです。
どんなにSNS上で正義の監視・声をあげても、ほとんどは見ていることしかできません。

監視ではなく応援・根本的な解決に繋がる行動を

世の中の傾向からみるに、これまで述べてきた私のような考えを持っている人は、少数派でしょう。「現場の人間のポジショントークだ」と感じる方もいると思います。

しかし、正義の盾をふりかざせる力があるなら、「その力をもう少しポジティブなところに使えないのかな・・・」と感じてしまうのです。

「医療情報の取り扱いが適当なサイトは許さない」

と監視される社会より、

「どうやったら、信憑性の高い医療情報を発信していけるのか?」

と考えていく社会の方が、圧倒的に良いです。

悪いものを消すのではなく、良いものを創出していけば、おのずと悪いものは陰に消えていきます。

正義を貫くならば、自分たちがたしかな医療情報を伝えるメディアを作っていく側に回った方が生産的、かつ、世の中のためになります。
医師の知識・経験のみで、医療情報の品質を向上させるのは難しいです。

そこを考えていく機会を、風潮を、作っていくべきではないか、と感じるわけです。
今の医療情報を取り扱うメディアに対する風当たりの強さは、そんな風潮を根っこから取り除いているように感じます。

確固たる信念をもって、運営し続けている医療Webメディアは、生まれたての小鹿のように、おぼつかない足取りで前進しています。

私はあくまでも外部の立場として、医療Webメディアに携わっている身ではありますが、中の人たちは、静かに歯を食いしばって活動しています。

少しでも隙を見つけたら叩くのではなく、せめてダメだったらダメなりに、ポジティブな力添えをしてあげてほしいと思っています。

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